本ツールキットは
クライメート・ボンド・イニシアチブ
(以下Climate Bonds)
が提唱するトランジション計画の
5つの特徴を概説し、
科学的根拠に基づく
信頼性の高いトランジション計画の
策定方法に対する理解を
促進するために策定されています。

はじめに

トランジション戦略ツールキットとは

Climate Bondsは昨年、信頼できるトランジション計画の主要な特徴やフレームワークを概説した「トランジション計画の評価ガイダンス」を発行しました。本「トランジション戦略ツールキット」は、このガイダンスに基づき、IGESの協力の下、主に日本企業が気候変動への対応としてトランジション計画を策定する際に取り入れるべき基本的な特徴や要素についての理解促進を目的として提供するものです。

ツールキットの目的

  • 投資家が脱炭素へのトランジションを支援する投資先を容易に特定できるよう、信頼できるトランジションラベルの基礎を築く。
  • 日本の企業や投資家にとって活用可能な、パリ協定に沿ったガイダンスを提供する。
  • 科学的根拠に基づき、広く受け入れられているトランジションの特徴にしっかりと沿った、信頼できるトランジション戦略策定のためのガイダンスを日本企業に提供する。
  • トランジションに必要な資金調達のために民間資本を呼び込もうとする企業を支援する。

トランジション計画とは?

トランジション計画とは、科学的根拠に基づくネット・ゼロ経路に整合する形で排出削減を進めるための計画と行動を表す、タイムライン付きの追跡可能な戦略とロードマップです。
計画の策定は、企業など、一般的な事業体が対象となりますが、その中でも特にセメントセクター等の排出削減困難 (Hard-to-Abate)なセクターや、農業セクターのようにトランジションに時間のかかるセクターにとって、トランジション計画はパリ協定に沿った事業体のあり方を検討し、ネット・ゼロ目標を達成するためのツールとなります。

5つの特徴

Climate Bondsは、事業体の気候変動緩和のためのトランジション計画が信頼性の高いものとなるために必要な5つの特徴を特定しています。これらの特徴は、 事業体単位の数値目標とコミットメント、先進的な目標を成し遂げる能力に関して求められる野心性を捉えています。これら5つの特徴は、 野心性 (Ambition)/具体的な行動 (Action)/説明責任 (Accountability)の「トリプルA (AAA)」の枠組みに包含され、持続可能な未来へと進む事業体に必要とされる意思や能力、透明性について説明しています。この5つの特徴はトランジション計画の網羅性を評価する上で必要な指針を提供するもので、本ツールキットは利用者が5つの特徴を兼ね備えるための一助となるべく開発されました。これらの特徴は、とりわけ国際資本市場協会(ICMA)のテーマ別ガイドラインや気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の開示要件と完全に整合しており、また、トランジション計画の要件としてClimate Bondsが提唱する「トリプルA」の枠組みを補完する位置づけにもなっています。

トランジション計画が満たすべき
5つの特徴

  1. 特徴 1
    数値目標 Performance Targets
    • パリ協定の目標と整合するセクター別トランジション経路の選定
    • 可能な限り早期に上記経路と整合する組織固有のKPIの選定
    • 科学的根拠に基づく目標値の設定
    • スコープ1/2/3の削減目標、及び短期/中期/長期の削減目標の設定
  2. 特徴 2
    堅牢な行動計画 Robust Plans
    • 行動:KPIを組み込んだ戦略と計画の策定
    • 資金調達:資金計画、支出の推計、調達方法の手当て
    • ガバナンス:変革を実現するために必要なガバナンス体制の導入/見直し
  3. 特徴 3
    具体的な行動 Action
    • 資金調達期間における暫定的な指標の設定
      例:
      • 設備投資の状況
      • 運営資金の変化
      • 廃炉/段階的廃止の状況
      • サプライヤー・エンゲージメントの状況
      • 計画に詳述されたその他の行動に関するもの
  4. 特徴 4
    ガバナンス Governance
    • KPIの再評価/再調整(必要に応じて)
    • KPIの実績のモニタリングならびに評価
  5. 特徴 5
    情報開示 Disclosure
    • KPIと戦略に関する対外的な報告と第三者検証の実施(特徴1及び2に関して)
    • 第三者検証を経た、目標の達成へ向けて実施した活動と成果に関する年次進捗報告(特徴3及び4に関して)

用語解説

パリ協定に整合した目標
パリ協定に沿った目標はセクターによって異なるが、ネット・ゼロ・エミッションに係る経済全体の目標に沿うように、技術的に実現可能で、将来を見据えた道筋を反映したものでなければならない。
数値目標 (Performance Targets)
事業体が、関連セクターのグリーントランジション経路にいつ、どのように整合するかを示す、事業体によって設定された事業体固有の測定基準と目標の組み合わせである。
数値目標はポジティブな変化(長期的な排出量削減など)を伴うものであり、事業体にとって測定可能かつ重要なものでなければならない。これらは計画の信頼性を決定づける重要な要素であり、事業に関連するあらゆる活動を網羅するとともに、科学に基づくガイダンスに沿った野心的な変革となるようなものでなくてはならない。
排出削減困難 (Hard-to-Abate)セクター
例えばエネルギー、重工業、運輸、農業といった排出量が最多とされる業種のこと。
堅牢な行動計画
特徴1のもとで選定した事業体固有の数値目標は、その達成に向けて現在地から求められる状況に至るまでの方法を詳述したトランジション戦略と関連する行動計画に支えられて初めて信頼に足るものとなる。特に、選択した数値目標が反映する短期・中期・長期のマイルストーンをどのように達成するかに重点を置き、戦略目標、方向性、方針を段階的かつ定性的な方法で記述すべきである。
事業体のトランジションにおいて、そのトランジション戦略と関連する具体的な行動計画が、事業体が選択した数値目標にどのように到達するかを詳述し、達成可能で追跡可能なマイルストーンによって示している場合にのみ、信頼に足るものとなる。
具体的な行動計画の実施

具体的な行動計画の実施:この計画は特徴3で義務づけられている。特徴1と2のビジョンと計画の履行を確実にするものである。
特徴3は中間的な数値目標の達成を補助するために、達成度を評価するための基準と指標を設定したうえで実施する透明性ある行動計画である。
計画はいくつかの補助計画によって構成される。
例えば、

  • 販売された製品の性能に対処するための技術計画
  • 適切なスキルの提供を確保するための人的資本計画(例:スタッフ研修の変更など)
  • サプライヤーとの関係強化のための購買計画(例:サプライヤーとの再交渉など)
  • 顧客エンゲージメントのためのマーケティング・営業計画
  • 新規事業のための事業開発計画
  • サプライチェーンにおけるエンゲージメント
  • 政策関与のためのコミュニケーション・広報計画

実施におけるリスク評価とそのリスク軽減のために講じる措置を併せて説明すべきである。

ガバナンス
トランジション計画とその実施には事業体全体の大規模な変革を伴う。これらは経営陣の主導で推進しなければならない。改革が確実に実施されるよう、堅牢な内部ガバナンス構造が整備されなければならない。
ガバナンスの範囲にはトランジションを推進するために必要な内部モニタリング、フィードバック処理機能、経営管理体制などが含まれる。
情報開示
透明性と外部検証は信頼性を高めるうえで必要不可欠である。情報開示は同業他社との比較を可能にし、グローバル、国別、セクター別の進捗状況の評価を可能にする。選択した数値目標は事業環境の変化や新技術の出現といった市場動向を反映するために定期的に見直され、再調整されるべきである。全体を通じて継続的な改善がなされ、可能な限りプロセスを厳密なものとするためにも、そのような再調整のプロセスを導入すべきである。
信頼できるトランジション計画
現時点で1.5℃の削減経路に整合するトランジション計画、または2050年までに整合することを企図したトランジション計画。

クライメート・ボンド・イニシアチブ
(Climate Bonds Initiative)について

Climate Bondsは気候変動対策のためのグローバルな資金動員を目的とした国際組織です。気候変動関連のラベル付き債券の発行やその他の負債性資金調達の予備段階において資金調達者を支援することで、低炭素かつレジリエントな経済への迅速なトランジションに必要なプロジェクトや資産への投資を促進しています。政府、都市・自治体、開発銀行、企業の支援に特化しています。

公益財団法人地球環境戦略研究機関
(IGES: Institute for Global Environmental Strategies)について

IGESは、アジア太平洋地域における持続可能な開発の実現に向け、国際機関、各国政府、地方自治体、研究機関、企業、NGOなどと連携しながら、気候変動、自然資源管理、持続可能な消費と生産、グリーン経済などの分野において実践的な政策研究を幅広く行っています。1998年、日本政府および神奈川県の支援により設立。本部は神奈川県葉山町に所在し、約150名の研究者を擁し、その3分の1強が外国籍。関西(兵庫県)、北九州、北京、バンコク、東京の各センター・事務所と共に、グローバルおよびアジア太平洋地域のネットワークを生かした戦略研究を展開しています。